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秘封倶楽部の舞台はいつか 改訂版

以前サイトで同じことを書きましたが、コンテンツ整理のためこっちに移すことにしたついでに色々修正と追記。


近未来の日本を舞台にしている秘封倶楽部の世界。果たして具体的にはいつ頃の物語なんでしょうか?
ここでは公式設定や現実のデータ、妄想を重ね合わせて年代を特定して行きたいと思います。お手元の公式作品をご用意ください。

Ⅰ.前提
・建設目的や経路の明らかな違いから、中央新幹線と卯酉新幹線は別物とする。
・現実の富士山世界遺産登録は2013年のため、2006年に頒布された卯酉東海道においては無視。

Ⅱ.公式のデータ
A.夢違科学世紀(2004年頒布)
 1.「21st Century Boy and Girl」(科学世紀の少年少女タイトル下に表記されている)
B.卯酉東海道(2006年頒布)
 1.「卯酉東海道が出来たのは、二人が生まれる前の事である。」
 2.「環状線も一部が草原と化し、葉っぱもなく、茎と赤い花弁だけの奇妙な花が道を覆いつつある。」
 3.「人口の減少と共に、自動車という前時代的な乗り物も減っていた。」
C.大空魔術(2006年頒布)
 1.「人類の夢の一つ、月面旅行がついに一般人も可能に!」
 2.「『なお、今回もまた有人火星探査は見送られた』だってさ」
 3.「世界は急速に発展して、何処の国もある程度豊かになったが、人類は次のステージへと進んでいた。紀元前の頃から右肩上がりで増え続けた人  口が緩やかに減少に転化したのだ。」
D.伊弉諾物質(2012年頒布)
 1.「観光客がごった返す仲見世通りには目新しさは無い。お土産屋は伝統に縛られたまま、百年以上は時が止まっているようだ。」
 2.「日本海のメタンハイドレートの採掘場」
E.東方文花帖 〜 Bohemian Archive in Japanese Red.(2005年発行)
 1.「実際この曲は『科学世紀を懐かしむ曲』という複雑なテーマに挑戦した物です。」(P.90)

Ⅲ.実際の学説、定義、事件
A-1:21世紀=2001年~2100年
B-2:アスファルトの寿命は10年程度。10年を超えるとひび割れなどが発生する。
B-3:日本の人口は2008年を境に減少。2085年には現在の半分以下に。
  →参照:総務省統計局HP「人口の推移と将来人口」2013年
C-1:Golden Spike社が国家対象の月旅行プランを提案。
  →参照:「10年以内に月世界旅行が実現か、ただしお値段は123億円」2012年12月10日
C-2:2004年、ブッシュ大統領が20~30年以内に行うべき月探査をはじめとする太陽系探査についての演説。月計画が火星へのステップに(さらに時間がかかる)
  →参照:JAXA「人火星探査の実現のために」2007年
C-3:70~80年後に世界人口の増加が止まり減少に転じるとの予測
  →参照:「About That Overpopulation Problem」2013年1月9日
D-1:戦後、善光寺仲見世は観光客向けサービスを主とする業種が増加
  →参照:信州善光寺仲見世通り「仲見世通りの歴史」
D-2:日本は2030年までにはメタンハイドレートの商業目的の生産を開始する予定
  →参照:NewSphere「日本海初のメタンハイドレート確認 “次世代のエネルギー資源”に海外も注目」2014年12月30日

Ⅳ.結論
①A-1より21世紀=科学世紀。E-1より21世紀を懐かしんでいるので科学世紀=21世紀終盤もしくは22世紀以降。
②卯酉新幹線計画が遷都後に持ち上がったものとして、遷都から開業までを最短でも10年とする。またB-1より蓮子とメリーの誕生が卯酉新幹線開業後のため、遷都→卯酉新幹線建設→二人の誕生→大学入学に最低30年程度かかる。よって、今(2016年)に遷都が行われたとしても2045年ごろ以降。
③C-3より人口減少に転じたのは2085年~2095年ごろ。大空魔術はその直後なので2100年代初頭前後。
④D-1より仲見世の変化があった高度経済成長期(1960年)から少なくとも100年が経過した2060年代以降。
以上のことを表にまとめると下表のようになります。(青部分が該当する年代)

tl001no3 (2)

これで4つの要素が重なる年代から大体2090年~2120年ごろだと絞られました。
で、去年サイトに書いた時は他に蓮子が菫子の直系の子孫だとか神亀の遷都が2065年ごろだとかもうちょっと色んな妄想をしてたので2110年ごろという結論に達してたんですが、執筆から1年経ってみたら思想が変わったのでその辺は除外しました(どっちもまだ完全には否定していませんが)。なので、2090年~2120年ごろまでしか特定できいません。

ちなみに、この秘封倶楽部の年代の推定については同人サークル「京都秘封探訪」さんのブログの記事において月齢と金星の動きから見た詳細な考察がされています。
参照:月と星の運行から考察する秘封倶楽部の年代 - 京都秘封探訪 (2015/11/23)
この記事の中でも場合によっては確率は低いものの、2110年前後であるという説も挙げられています。私も月齢は一応ある程度見てましたが、宵の明星については16:31という京都では絶対に日没前である時間に見えると思ってなかったので、単純にZUNさんの勘違いだと思ってたので無視してました。
でも宵の明星って日没前は見えないと思ってたけど違うんですかね?ここだけは大空魔術の謎。


ということで、結論は「秘封倶楽部は2100年代初頭ごろだと考えられるが、月齢などから考えると矛盾もある」ということで締めたいと思います。
ただし、先週の例大祭で4年ぶりの秘封CD新譜「燕石博物誌」が頒布されたので、その内容によってはこの説がひっくり返ることになるかもしれません。まあそれはそれで楽しそうなので27日の発売を楽しみにしておきます。

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  1. 2016/05/15(日) 22:48:49|
  2. 東方
  3. | コメント:0

3dayパス乗り回し京都ツアー

最近ただのお出かけブログと化してる感が否めないですが、また3dayパス消化の旅です。
3回目は乗り潰しながら京都を目指すことに。いっつもどこ行くか迷うのでいっそ目的地を決めずに乗りたい線を辿っていく新スタイルです。


city


まずは近所なのに乗ったことなかった六甲ライナーを潰しておきます。ポートライナーと違って空いてるので先頭を確保。
思ったよりスピード出してアップダウンのある高架上を駆け抜けるのでちょっとしたジェットコースターのようです。写真撮ったWindowsの壁紙かなんかのどっかの地下鉄の写真みたいになりました。


IMG_5059_convert_20160502162655.jpg


終点マリンパーク駅までは15分もかかりません。線路はカーブした先の車庫までしばらく続いてるのでどちらかというと途中駅と言った雰囲気。
一応、沖合に造成中の六甲アイランド南島まで延伸する計画はあるらしいですが、肝心の島が放置されてるのでしばらくはここが終点です。

帰りにマンションの近くを通る時にガラスが曇ることを思い出して観察してましたが、音もなく一瞬で曇る上に思ったより曇ってなくてちょっとがっかり。普通に窓から外見えてました。テレビで見た時はもっと真っ白になってたように見えたんですが。


魚崎で阪神に乗り換えたら怒涛の乗り潰しツアー。今回は近鉄の奈良周辺の残りを潰しときたかったのでまずは四つ橋線の未乗車部を潰しながら難波へ。
大阪線に乗って来たのは堅下。ここからちょっと歩いたところにある柏原駅に移動して道明寺線を乗りに行こうとしたんですが、乗った電車が遅れて元々ギリギリの乗り換えがさらに減って8分ほどに。距離にして400mもありませんが、狭い歩道のない道や分かりにくい改札に苦労させられて発車直前に駆け込んでセーフ。柏原駅の改札、JRの改札と共通なんですが案内が見当たらなくてJRの駅員に聞くまで分かりませんでした。改札の上とかに書いといて欲しかった。
道明寺で南大阪線に乗り換え。道明寺線は3dayパスが使えないのでICOCAで改札入ったんですが、ここでも乗り換えの時間がなくて改札を出れず、結局橿原神宮前で精算。窓口で出されたら「ICOCAと3dayパスは併用できないので現金で」とのことで現金で精算。無人駅とかで降りることになってたら危なかったです。


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初めて来た橿原神宮前。構内踏切もあってなかなか楽しい駅です。しかも来てる電車は遥か北の京都の国際会館まで乗り入れてる車。構内にあるらしい車両が入場する際に台車を交換する施設も気になりますがまたの機会に回して北上します。
平端で降りて天理線に寄り道。すぐ折り返して急行に乗って京都方面へ。


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竹田駅からバス乗ったらうっかり中書島まで行ってしまったり、天一やジョーシンに吸い込まれたりしながらやっと本日一つ目の観光地、下鳥羽の恋塚寺に到着。朝調べるまで知らなかったんですが恋塚寺は京都に二カ所あって、ここから北に3kmほど行った上鳥羽にも恋塚寺(浄禅寺)があるらしいです。どちらも平家物語に登場する文覚上人の開基。

平清盛や佐藤義清(後の西行)の同僚であった北面武士の遠藤盛遠(後の文覚)が昔から恋心を抱いていた袈裟御前を見つけ、既に人妻となっていた袈裟御前に夫と別れるよう言い寄りましたが袈裟御前は拒否。それでも迫る盛遠に困った袈裟御前は夫の身代わりになって盛遠に殺され、それを嘆いた盛遠は出家して文覚になった…というのが由来。人間欲のままに動くとロクなことがありません。


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恋塚。桜花之恋塚のイメージで勝手に桜の木の下に塚があって、春の昼下がりに桜の花びらが儚く散っていくような風景を想像してましたが桜はありません。ロケーション的にはこじんまりとしててイメージ通り。すぐ隣は家の庭、後ろには老犬が寝てました。

ここで上鳥羽の恋塚寺に向かおうとしたら最寄りのバス停からのバスがちょうど行ったばかり。しかも次の便は1時間後だったので3km歩いて向かうことに。
国道1号線沿いを歩いて行ったんですが、空気悪い上に名神高速周辺の歩道が良く分からないことになってて行ったり来たりを繰り返し。鴨川渡れないかと思って焦りましたよ。明らかに人間向けじゃない道路です(当然)

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苦労して到着した二つ目の恋塚寺、浄禅寺。こちらも閑静な住宅街の中の静かな寺。
境内の地蔵堂にある地蔵は小野篁が地獄から帰って来てから作った六地蔵の一つ(鳥羽地蔵)で、六地蔵巡りの時にはめちゃくちゃ混むらしいです。除いてみたけどすごい色白のお地蔵様でした。美白。


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山門の脇の恋塚。こっちの恋塚は正しくは「鯉塚」で、妖怪となって出た鯉を対峙して築いたものだとも言われています。わかさぎ姫的な感じ?

再び竹田駅へ徒歩で戻って京都へ。大阪から京都まで約6時間半の旅でしたとさ。
さて、ここからは全くノープランなのでどうしたものかと悩みながららしんばんのCDの棚を漁ってましたが、せっかく京都バスもどこまでも乗れるので大原行ってみようと画策。調べると国際会館からバスに乗れば早いようなので地下鉄とバスを乗り継いで行くことに。
ところがバスに乗るといきなり事故渋滞。国際会館から大原に向かう19系統は八瀬を経由して行きますが、大原方面に抜ける道が片側1車線の道1本しかないので大渋滞。結局普通なら25分で行ける所を倍ぐらいかかって着きました。


来迎院山門


時刻は既に16時。時間もないので手短に観光して行きます。
とりあえず京都秘封ランドスケープシリーズの魚山ランドスケープを見たかったので音無の滝方面へ。途中見つけた来迎院に入っておきます。人気もなくて静かで良い寺でした。大原は観光客の量もそんなに多くないのでまた1日かけてゆっくり見に行きたいです。


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本編の魚山ランドスケープ。来迎院の山門前を通過して呂川か律川(どっちか忘れた)を辿っていくとあります。ちょっと道から外れたところですが、いきなりコンクリートの構造物が現れるので分かりやすいです。
絵では手前に3本木がありましたが、ご覧のとおり右2本は切り株に。

この後ダッシュで宝仙院まで行きましたが、あと数分間に合わず既に受付終了してました。無念。
しょうがないので普通にバスで帰還。地下鉄で三条に戻ってらしんばん漁って飯食った後、青蓮院がちょうどライトアップしてると知ったので徒歩で突撃。


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やって来ました青蓮院。もしかしたら初めてかも。


青蓮院竹林


夜の竹林。高台寺も似たような竹林があるけど前言ったらめちゃくちゃ混んでたし、こっちは意外と空いてたので素晴らしい。Windowsの壁紙になってそうな竹林でした。


青蓮院ランドスケープ


そしてお目当ての青蓮院ランドスケープ。普通にめちゃくちゃ綺麗でした。
青蓮院、ライトアップもきれいだけど夜来ると建物の中が旅館みたいな暗さで落ち着きます。しばらく撮って退散。

帰りは阪急でさっさと帰ろうと思ってたけど特急の席確保できたので京阪で帰還。久しぶりの平屋京阪特急も悪くない。

  1. 2016/05/02(月) 18:50:18|
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