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太子町ウォーカー

~あらすじ~
事の発端は1か月前に遡る。ある日いつものようにGoogleマップを眺めていた山田弘はJR三山木~玉水が歩いて移動できる距離だということに気付く。駅間徒歩連絡に目がない山田は実際に歩いてみたいと思い、12月に入ってから紆余曲折を経て18きっぷ1回分を入手。かねてからの計画をついに実行することとなった。
そして迎えた12月9日、初電に乗るために5時前に起床し、意気揚々と駅へ向かっていた山田は手にした18きっぷを見てとんでもないことに気付く。なんと18きっぷの利用期間は翌日の12月10日からだったのだ。
こうして全ての計画が没になり、家に帰ってふてくされながらPCに向かっていたが、今日はせっかくの晴れた休日。しかも明日からしばらく天気が崩れる。このような状況の中でどこかに出掛けることを貧乏性の山田が諦めきれるはずがなかった。こうして私鉄のサイトのフリー切符を片っ端から調べ、乗りつぶしオンラインの空欄をひっぺがえし、最後に辿り着いた東方元ネタMAPを眺めている時に自宅からもほど近い兵庫県の片隅に固まって並んでいる2つのピンの存在に気付く。その二つのピンが立っていた場所こそが兵庫県揖保郡太子町だったのだ。(cv.藤村忠寿)



というわけで、放置してた鞄をそのまま抱えて網干へ。家の時点で予想以上に寒くて奈良盆地に行かなくて良かったと安心(強がり)

本日の太子町ウォーカーは山陽網干線の乗り潰しと新生姫路駅前見学を兼ねていたので行きは徒歩で太子町を目指し、帰りはバスで一気に山陽網干へと向かう計画です。太子町では太子山公園でD51と聖徳太子像の見学、斑鳩寺と稗田神社に参拝するだけので、町まで歩いて30分ほどだから網干駅到着から鵤バス停をバスが出る2時間半の間に余裕で全部回れるだろうと高をくくってうろ覚えでウォーキング開始。

ところが地図もロクに調べていなかったので、太子山公園は名前からして山の上にあるだろうという曖昧かつ雑な印象を元に公園を目指していたため、途中で山頂に上水道配水池が見える小高い山の周りを登山口がないないと30分ほどウロウロ。歩きながら周辺の道路の形状を思い出して北を見ると、丘の麓に森のような丘を発見。やっとの思いで太子山公園を発見したのでした。


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太子山公園にはD51 345が保存されています。もっと山の上にあると思ってましたが、よく考えたらわざわざ上まで持ってくの大変ですよね。

345号機は生涯ずっと北国で過ごした機関車で、新製直後の1940年から1944年までは仙台の長町に配置されていたそうなので、島田にいるお馴染の101号機とも東北本線で顔を合わせていたことでしょう。多分。


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坂を上って丘の頂上に登ると聖徳太子像がお出迎え。台座には「以和為貴」の文字が刻まれています。🍆

太子山公園には太古の昔は太子山遊園地があったらしいです。遺構らしきものは一切見当たらず。というか山一つ見間違えて無駄にウロウロしてて普通に時間なくなって来たので写真撮ったらさっさと退散。


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続いて公園から(迷わずにまっすぐ行けたら)歩いて5分ほどの斑鳩寺。外から見ると三重塔が目立ってていかにも○国○箇所霊場の寺といった雰囲気です。四国によくありそう。

推古天皇が聖徳太子にこの地の水田を賜り、太子がこの地を鵤荘と名付けて寺を開いたのが始まりとのこと。この辺りの地名は鵤でいかるがと読むらしいです。角鳥ってどんな鳥やねんと思っていましたが、寺務所に飾ってあった鳥のイカルの写真を見て納得。


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せっかくここまで来たので聖宝堂も見学。聖徳殿と共通券で500円でした。普段はどっちも施錠していて見学者が来ると鍵を開けてくれるシステムらしい。

収蔵されている物の中には古地球儀なるものが。そう、これが今回ここに来た一番の目当ての「聖徳太子の地球儀」、所謂秘宝「聖徳太子のオーパーツ」です。
実際は江戸時代に作られたものらしいですが、日本において地球が丸いという概念すらない時代に聖徳太子が作ったとされています。パッと見どっかの銘菓の豆の入ったクッキー(名称失念)にしか見えないけど、確かに言われてみれば日本列島や大陸っぽい出っ張りが。そして真ん中には三つに分かれた丸が付いていてこれは位置的にどう考えてもムー大陸。なんと聖徳太子と超古代文明との間には接点があって聖徳太子は沈んだムー大陸から上陸したゴジラ的な生物だったのです。心綺楼で神子が巨大化するのは聖徳太子がゴジラ的生物だったことを暗示しているかららしいです。東映次回作は尸解仙となって現代に復活した豊聡耳神子たちが東京に現れるサイズフェティッシュ的作品です。


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聖徳殿。堂内がめちゃくちゃ寒くて(外よりずっと寒い)説明受けながら凍死しそうになりましたが生還。本尊の聖徳太子十六歳の尊像に着せられている衣は代々宮家から寄進されているもの。昔は田んぼ、今は衣、太子と宮家の繋がりを感じます。


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聖徳殿を裏から。見ての通り夢殿風です。本物は見に行けなかったけどひとまずこれで満足。

既にバス出るまで30分切ってるので急いで次の目的地へ。


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徒歩10分ほどで稗田神社。名前の通り稗田阿礼を祀っています。太子が土地を授かった時に、太子に使えていた一族が移り住んでこの土地を管理するようになったわけですが、その一族が住んでいたのが今の大和郡山市稗田の辺り、つまり賣太神社のあたりってことでここでも奈良と繋がりが。

んで参拝して社務所行ったら閉まっててこれまた賣太神社と同じ事案。バスまで時間ないので諦めてさっさと撤退します。鵤から乗らないと運賃高いのでUターン。余裕で帰還。


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バスで30分ほどで山陽網干駅に到着。ここからは山電の最後の未乗区間を乗り潰す旅です。網干線なんてこんな機会がないと二度と乗らなさそうだし。

飾磨まですぐかと思ったら意外と時間がかかりました。この時期なので車内は学生が多かったです。山電久しぶりに乗ったけどいつの間にか車内に避難はしごが。


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なわけでやっと山電乗車率100%達成です。これまた10年ぶりぐらいに山陽姫路来ました。山陽姫路って雰囲気的には2両の古い電車がごとごと走ってそうなのに、普段梅田とか難波走ってる銀色の6両の電車が来るのでビビります。あとJRの姫路駅も大改装されて駅前が全然知らない街に変貌してた。

この後らしんばん冷やかして帰還。近所うろつくのも楽しいけど山電とかバス乗ると金かかるのでもっと金のかからない範囲で遊びたいです。
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  1. 2015/12/09(水) 21:12:06|
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